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zoom RSS こけしの話(49) 石山三四郎

<<   作成日時 : 2012/12/01 19:36   >>

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 前回の更新から1年以上経過してしまった。転居等の雑事が重なったが、最近ようやく落ち着いてきた。この間に、「具合でも悪いのですか」とご心配くださる方もあったと聞く。感謝申し上げるとともに無音をお詫びする。

 前住居近くには寺院、旧跡が多く、リュックに水筒、カメラ片手の年配者が多く訪れる地だった。家は奥まった場所で、この方々と接することもなく、閑静で季節感に富んだ世俗離れした雰囲気が漂っていた。自然豊かといえば聞こえはよいが、百足、ゲジゲジ、スズメバチ、アライグマ、リス等々に悩まされ、竜巻被害まで経験した。今となれば何かしら懐かしいような気分になるから不思議なもの。転居先は湘南太陽族発祥の地だが、拙宅前の狭い道を自動車が行きかい、人の声もよく聞こえてくる。池の代わりに水槽を設置した。狭い水槽に鯉も戸惑っていたが、少しは慣れてきたようだ。近況はほどほどに閑話休題。

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  今回の三四郎は以前から気にかかっていたものである。民芸「おもと」の世話になり伊豆「痴娯の家コレクション」を見に行ったのは20年ほど前の冬のこと。柏崎時代に比べ著しい褪色に驚いたのを思い出す。撮影を許可され、館主がガラス戸を開けてくれたが、夕刻に銀座松屋での待ち合わせがあり、慌しい撮影となった。ピンボケや選定誤りなど杜撰な仕上がりのうえ、松屋展示の拙蔵品も並べて撮影したため、このときの写真は公開していない。撮影終了後急ぎ帰路につき、小田原から新幹線で東京駅に出た。小田原まで送っていただいた車中で「何が印象に残ったか」と聞かれ、「割れた三四郎の迫力が何とも気にかかる」と答えた。柏崎でも見ているはずなのにそのときの印象はまるで残っていない。この間にこけしを見る目が相当に変化したようだ。めまぐるしくも忙しい一日だったが鮮明に記憶に残る日となり、三四郎も脳裏に刻まれた。他日の再撮影を心に期したが、果たせぬうちに同コレクションは散逸してしまった。

 はからずもこの三四郎を入手し、手にとって間近に見ても、やはりただならぬ迫力も持っている。眺めているうちに、この迫力は割れのゆえかという疑問が浮かび、直すとどうなるか試したい思いがふつふつと湧いた。下手な修復で二目と見られなくなる恐れもあり、なかなか実行できなかったが、何としても割れのない状態を見てみたいとの思いが勝ってきた。家のごたごたも一段落したところで、思い切って鋸を取りだし後頭部から切断した。割れていた部分をぴったり合わせようとしたが、収縮差によりどうしても隙間ができてしまう。頬部分の隙間があいても眉目がきっちり合うように接合したが、結果としては割れ目の奥で接着してしまったようだ。

 三四郎の木地経歴については書肆ひやね発行「こけし往来」第25集の「石山三四郎の世界」で池上明氏が詳細に述べている。この論稿において氏は昭和5年頃とされる作品に時代判定の明確な根拠が無いと疑問を呈しているが、氏の疑問に答える論議を無為庵は知らない。細い交互菊の「線香花火」を初期のものと断じ、いくばくかの評価を与える程度である。明確に年代判定ができる最初の文献は昭和12年6月発行「こけし展望」第一号で、最近発見のこけしとして二枚の写真と共に、「約十五年前箱根にて玩具製作の伝習を受けたが、こけしは山形県東村山郡山寺村に帰郷後製作せりといふ。高湯系と見られるも、独自の風格があって面白い」と紹介している。緑、赤の菊を7段に隙間無く交互に重ね、垂鼻、二字口で眉目が顔面中央に寄るが、二側目の下瞼がやや下方に湾曲し眼点の印象的なこけしである。発見の経緯、こけしの製作時期等に触れてはいないが、当時の新作者発掘ブームを考えると、せいぜい前年の11年頃の作品かと思われる。前掲池上論稿によれば、昭和4年7月に山寺帰郷とあり、その間の事情を詳らかにしている。聞き取りのとおり『帰郷後直ちに?』こけし製作を開始したのであれば、最も古いもので昭和5年頃と推定できようが、山寺が信仰ないしは観光の対象地として域外からの来訪者が少なからずあったであろうことを考えるとき、昭和12年の紹介まで8年の空白があることはかなり不自然なことといえる。池上氏の疑問はこのあたりと推察するが、安易な年代推定を戒めているのかもしれない。

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上図は修復前のもので、右眉目1センチほどの割れをおが屑できれいに塞いであった。かつて痴娯の家岩下氏が補修したのであろうが、割れる前の状態を知っている筈の岩下氏がこれで良しとした意図は分からない。頭部を二つに割って前面を貼り合せることに抵抗があったのか、迫力が増したと考えたのか、単に隙間を埋めたかっただけなのか。いずれにせよ、この割れ故の強烈な印象か否か確認したくなるのは当然のことであろう。次に無為庵補修後の顔面をお目にかける。

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 こうして見比べたとき前面を接合したことで、無残な印象は少なからず薄れたものと思う。もう少しきちんと補修できればよかったのだが、素人のなすこととて、良しとせざるを得ない。補修前には迫力が減じてしまうのではという危惧もあったのだが、損なうどころか、以前にも増して迫り来る趣が強くなった。太い眉、中央に寄った白目をもつ眼点、V字の口これらが確固とした意志の強さを示す道具立てのようだ。この白目が曲者で下からのみ白目を入れることで宙を見据えるような視線を持たせている。対していると少々疲れるこけしではある。見る者をして疲れさせるほどの力を持つこけしはそうあるものではないが、この三四郎には嫌味が一切無いので救われる。これで神秘のかほりがあったなら、名品中の名品となったであろうけれど、そこまでは望むべくも無い。系統論議などこのけしのまえでは瑣末なこととしか思えない。

 最後に参考までにこけしの概略。尺四寸の大寸で、胴中央緑ロクロ線の真ん中で継いである。胴上部背面に割れがあり、胴背面の上下いっぱいに「閑かさや岩にしみ入るセミの声 芭蕉」を4行に書き、山形山寺石山三四郎作と署名がある。観光客を意識していたことが窺われる。頭部前方に大きな赤丸を配し、そこから左右に6本ずつ放射状に赤線を垂らし赤丸中央後部に後ろ髪を描く。胴から上へのゆるい嵌め込みで、頭部はクラクラと動く。頭頂中央に割れ防止の刳りを施し木で埋めてあったようだが、埋め木は失われ、頭部赤丸の後半部に穴が開いた状態になっている。胴底には十字の爪跡があり回し切りとなっている。その他は画像から読み取れると思うので省略する。ともあれ伊豆での印象が間違っていなかったことを確認できたことを喜ばしく思う。

 

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。鉄人と申します。今日…リサイクルショップでこけしを買い求めました。その一人が石山三四郎さんで…もう一人が会田栄治さんでした。たくさんあるこけしの中で〜助けてくれ?と声が聞こえた錯覚?で救い出しました。形はヒョロヒョロで…頭の形も少々違いますが…描きかたが瓜二つです。こけし… 工人の声が…こけしの目から確かに聞こえてきたのを感じました。不思議なご縁とおもいながら…石山三四郎さんの記事を拝読させていただきました。感謝しつつ失礼致します。



鉄人
2014/11/27 22:32
コメントをいただきありがとうございます。ご返事が大変遅くなりましたことお詫び申し上げます。一金会のサイトを久しぶりに見たところ、この三四郎が掲載されていましたので、こちらの項目を開き貴殿のコメントにやっと気づいた次第です。

このこけしと同じ目描き方とのこと、きっと存在感のあるこけしと思います。「こけし… 工人の声が…こけしの目から確かに聞こえてきたのを感じました」とのこと、声が聞こえるようなこけしに出会えるとはm収集家冥利につきることと存じます。 無為庵
無為庵
2016/05/17 21:07

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