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zoom RSS こけしの話(12) 島津彦三郎

<<   作成日時 : 2006/09/17 09:34   >>

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 先週、亡兄の三回忌に出席した。これといった趣味もなく愚直に真直ぐに生き、子供を立派に成人させたことは偉とするに足る。そんな兄に似合うようなこけしはどれだろうと考え、彦三郎を手向けることとした。 

画像

 島津彦三郎は父彦蔵ではなく田中重吉から木地技術を習得した。田中重吉もこけしを作ったとされるが現存しない。古い時代の大鰐おぼこの筈だが、やはり鳴子の影響の強いものだったのであろうか。温湯、大鰐の古津軽は簡単なロクロ線の胴に目鼻をつけただけのこけしだったようだが、どのような形態・面描であったのか詳らかではない。



 島津木工所は昭和2年に閉鎖され、その後の職人たちの木地には長谷川辰夫が一手に描彩するようになり、彦三郎自描のこけしはほとんど残っていない。大正期彦三郎はかの有名なしばた彦三郎(古作図譜参照)のほか、天江コレクション、鼓堂コレクション、木村弦三コレクション(弘前市立博物館図録参照)、北村コレクション(古作図譜参照)など極少数現存するが、弘前の絵師が描いたものとされている。これらのこけしも形態・面描に相当の違いがあり、描彩のみならず木地も複数の手になるものかとも思える。



 写真のこけしは嵌め込みで首が回る。しばた、天江、鼓堂、北村とも作りつけであるが木村コレクションの鯨目彦三郎の形態は写真と同様であり嵌め込みと思われる。ロクロ線の配置、色はそれぞれに違っており、しばた彦三郎では胴中央に花が描かれている。胴の長さ、頭部の形の相違は著しく、肩の高さにも微妙な差がある。面描では鯨目風の目、下瞼の膨らんだ目、大きく開けた口、小さく開けた口、結び口、小鼻のついた鼻、一筆の団子鼻、鼻の位置の高低などかなりのバリエーションがある。辰夫描の彦三郎はこれらの種々の相違を統一し、目鼻も通常の位置にしてしまったためインパクトが弱くなってしまった。



 さて、写真のこけしには墨で塗りつぶされたおかっぱの下に顔が二箇所描かれている。そのひとつは鼻の位置が目と口の中央にあり、口はさらに大きく、眼点は正面を凝視している。もうひとつは墨が濃くて目しか分からないが、両目をかなり長く描いており、この目を使っていたら正面から見えるおかっぱはほとんど見えない状態になる。木地形態に合わせて顔を三種描き、採用するもの以外はおかっぱの下に隠したようだ。ロクロ線のみの木地であればこそできる芸当であり、おかっぱ頭の所以でもあろう。



 採用されたこの面描は鼻と口を高い位置にしたことにより頬が豊かになり、おどろおどろしげな眼差しは視線をちょっと横にすることでやさしげな味わいを含んだ目になった。大きく開けた笑い口と慈愛を秘めた眼差しは「くよくよするな、元気を出せ」と言っているようだ。厳しい津軽の風土の中、大鰐あたりの人々はこのようなこけしをいとおしんだのであろうか。「つまらんことにこだわるな」といって呵々と笑っている亡兄の声が聞こえそうだ。(9寸5分)













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