こけしの話(16) 佐藤周助

 本来なら新年の挨拶となるところだが今年は喪中につき差し控えたい。昨年8月からアクセス数が急増し、最近4000を突破した。きっかけは縮写こけしの記事であるが、3寸に興味を持つ人が多いことに驚いている。3寸を集めているのは無為庵ぐらいなものかと思っていたのが大間違いと気がついた。無為庵の3寸収集過程で縮写こけしを掴んでしまっとことは一度ならずであり、他の収集家への警鐘になったとすれば喜ばしいことである。



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周助三寸は(14)で拙蔵品を紹介したところであるが、今度は昭和型三寸をお目にかける。これは最近の入札会での落札だが、本来なら次点にもならない価格であり多少忸怩たるものがなくはない。下見の際、明治型と並べたらどんなかなと思いとりあえず札を入れておいた。無為庵三寸コレクションは一人一点の原則を墨守しており、必ず落札するとの意気込みはなかった。このような入札態度では落札できないのが今までの経験であり、今回もまさか落札するとは夢にも思わなかった。かつては入札会で何とか安く入手したくて、過去のデータを詳細に調べ、当日の他の出展品の人気の度合いを推測し、入札会当日の入札者の様子を観察しながら入札したものであり、開票結果の記録に余念が無かった。ゲーム感覚で入札を楽しんでいたが、これでは本当に欲しいものは入手できないし、きちんと評価することもできないことに気がついたのはいつ頃のことであったか忘れてしまった。縁あって今回の週助を入手できたが、少々複雑な思いである。



 周助といえば思い浮かぶのは何といっても昭和型であり、その特異な容貌は見るものをして狂気を秘めたまなざしを鮮烈に印象付ける。黒々と目深に下がる前髪と両鬢を繋ぐことで空間を画し、眉と前髪の間をぎりぎりまで詰めることで眉目に自ずと視線が向かざるを得なくしている。このように空間を画したうえはどうしても強烈な眼点の目にしなければならない。印象に残らないような眉目であったなら、視線を向けさせた分、反動が強くなり見るものに欲求不満を残す。そのような失敗例は周助作品のなかにも少なからず存在する。筆力が弱くなってからも明治型、大正型ならば衰えたなという印象で済むが、昭和型となると失敗と思えてしまう。晩年の作でも目さえ活きていれば、筆力旺盛な時期よりも味わい深い作品がある。昭和型は狂気を秘めた目を描くための道具立てであり、これに成功したこけしは周助の真骨頂といえる。



 さて、写真のこけしであるが、小寸作り付けで肩と頭の間の首が開いてしまい明治型のような形態になっている。昭和型特有の少し開いたもの言いたげな口も通常の口となっている。「こけし往来」の写真では眼点が大きく見え、印象の薄いものであった。ごく小さな写真での判断であったが、下見で実物を手にしたとき、眼点が大きいにもかかわらず三白眼風に余白を使った眼点いきいきと見つめる目に驚いた。小さいくせに昭和型の枠組みを上手に使っているこけしである。8寸、尺のような昭和型であったなら傑作となるような目であるが、もしこのサイズで大寸物のような形態、構図にしたならばうるさいこけしになったであろう。小寸の制約を逆手に取り、目だけを印象付けることで味わいの深い佳品に仕上げている。周助はやはり只者ではないと再認識させられた。



 (14)の明治型と並べてみたがいずれを残すか決断がつかない。無為庵三寸コレクション一人一点原則の唯一の例外となりそうだ。(3寸)





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