こけしの本の話

 ブログの更新をと思いながら仕事に追われ更新する余裕がなかった。この間閲覧数は8000を超え、折角アクセスしてくれた方には申し訳ない気持ちであるが、宮仕えの身なればご容赦願いたい。



Siori1  今回は趣向を変えて、こけしそのものではなく、本の話題とする。絵にすると見栄えのしない画像で恐縮であるが、清水寛氏の「こけし全工人の栞」上下である。平成8年書肆ひやね発行限定100部で、清水氏の没後、氏の肉筆原稿をそのまま一本にまとめたものである。氏の業績は「美しきこけし」別冊として既にグラフィック社から刊行されていたが、清水コレクションの写真を添えてこの本を出版したかったのではなかろうかと推察する。



 清水氏とは無為庵が駆け出しの頃にこけし店でお目にかかり面識はあったが、その当時は遠い存在として氏を敬して遠避けていた。その後10年ほども過ぎたある日、木地山系の「昭成」と署名のあるこけしを入手し、初めて清水氏に電話をかけた。「実物を見せてくれ」との氏の言葉に行徳の「古稀子館」を訪れたのは昭和63年夏のことである。氏の第一声は「勘内も伝内もない」だったが、大小にかかわらず各工人の作品を網羅しようとしているのがみてとれた。問題の昭成は平四郎の弟子で氏も実物を見るのは初めてとのことだった。展示こけしをざっと見終えて帰ろうとすると、清水氏がカウンター内から出てきて同席した。「ぜひ昭成を譲ってほしい」とのことだったが、「売りにきたのではないので差し上げます」と渡したところ、海谷吉右衛門の古作豆こけしを一点贈呈された。清水氏はその2年後に他界され、これが氏との交渉の最初で最後となってしまった。



Siori2  平成8年に本書を購入したとき、各記事の左側空白に氏の思いが滲んでいるような気がしてならなかった。直接お話をしたのは一度きりではあったが、さぞやこの空白部を自分のコレクションで埋めたかったのであろうとその心情を推し量ると、この本を何とか活かす方法はないだろうかと考えざるを得なかった。無為庵は平成3年に写真集「無為庵三楽」を発行し、将来、解説付きの本に改訂する予定であったが、「こけし全工人の栞」余白部に拙蔵三寸こけしの写真を貼りこみ、「無為庵三楽」の草稿代わりに本書を使うことを思いついた。それが左図である。



Siori3  「こけし全工人の栞」には1000名余の工人が掲載されているが、現在、やっと半分ほどを埋めている。最近の新工人は別として本書掲載の全工人を網羅することは三寸では不可能なことではあるが、でき得る限り空白部を埋めてみようと思っている。清水氏が「ない」といっていた勘内も入手でき、氏の怨念にも多少は応えることができてはいるが、いまだ途半ばである。



(追記)こけしの楽しみ方(怨念かもしれない)は人それぞれであり、このような楽しみ方もまたご参考になろうかと思う。ご感想などいただければさいわいである。





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