こけしの話(34) 佐藤三蔵

 今年も梅雨の季節となった。出勤時に紫陽花を眺め帰宅途上の叢に明滅する蛍のひとつふたつを見つけることが楽しみだったが、いずれも時季を過ぎたようだ。来年まで見られないかと思うと少々淋しい気がする。



 記事の更新を思い立ち、鎌文で前回の続きをと探し始めたが最初に手に取ったこけしが佐藤三蔵だった。眺めているうちにこの瞳の力を紹介したくなった。秋保は何故か無為庵の好みにマッチする。



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 左図は中屋旧蔵、昭和15年作、「中屋惣瞬コレクション展」図録掲載品。中屋氏の解説を一部引用する。「現存するこけしは。昔を思い出して昭和15年より3,4年の間に作ったものが知られているが、数はごく少ない。掲出のこけしも昭和15年作で、古風この上なく、源流の古青根を思わせる作風である。垂れ鼻など面描には古い遠刈田の手法を随所に見せ、古雅な表情を作っている。遠刈田系秋保亜系の祖にふさわしい堂々とした古格みなぎる作品である。」同図録には大小あわせて61本のこけしが収録されている。中屋コレクションのなかから各系統の優品を選定したものであろうが、この数まで絞り込むと中屋氏のものの見かたが出ているようで面白い。ちなみに津軽は一本もなく土湯は15本の多きに達する。遠刈田系は巳之吉、三蔵、孝之助、文助、菊治の5本である。格調と綺麗さびを重んじたようで、野趣横溢する味わいなどは氏の採るところではないようだ。



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 さて、このこけしの木地が誰の手によるかは不明だが、緑のロクロ線は三蔵復活期・昭和15年の秋保の典型様式といえる。木地形態では「堂々とした」というほどのこともない。背面から見るとよく分かる。こけしの話(15)秋保不明のどっしりとした重量感には及ばない。とはいうものの、大ぶりな三山に菖蒲がマッチしておりバランスの良い姿ではある。背には虫食跡があるが、挽いたときにはおがくずを固めたような状態の上から描いたようだ。赤が下にしみこんでおり、赤い花弁の滲みに余情がある。さはさりながら背面からの話では作者に礼を失することであろう。



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気を取り直して表情のアップ。じっと見ていると「古青根の源流」とする中屋氏の評は頷ける。左右の目の微妙なアンバランスが深沢三蔵を彷彿とさせるが深沢三蔵の険はない。高い位置の大人の目にすることで口との間に広い空間ができるが、印象的な垂鼻が空間の冗長化を防いでいる。鬢を目の位置から描くことで視線が自ずと目に向かう。その射抜くようでありながら慈しみを秘めた眼差しは、おもねる気配のない辛口である。まろやかな辛口ともいえるじわっと広がる味わいの表情は古風、典雅なもので、購買層に迎合的なこけしの全盛期のなかでよくぞこういうこけしを作り出したものだと感嘆する。「古青根」がどのようなものであったか詳らかではないが、現存する繊細な情趣の小原直治以前の青根にはこのような強さがあったのかもしれないと思えてくる。三蔵の代表作といえる奥行きの深いこけしではあるが、時代の故か、蒐集家相手の纏まったような作であり、こけしの話(15)秋保不明の地に着いた重みに欠けるは詮無きことというべきか。(尺)







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この記事へのコメント

しょ~じ
2011年08月05日 22:38
遠刈田系の中でも,秋保と青根は比較的後々まで古い様式が残っていたのですね。
 秋保は三蔵以後庄七によって規格化されたかもしれませんが,えじこには過去の模様である旭菊などを描いてますね。
 先日,青根の店で残っていた須賀恒一のえじこを見たら,重右衛門名義の模様を忠実に描いてました。顔の描彩は新型風でしたがこの作者は子供の頃に古青根の作を見たことがあるのかなと感じました。
無為庵
2011年08月05日 22:38
しょ~じ 様
コメントをいただきありがとうございます。shakaz氏のホームページに何とも雰囲気のよい古青根とおもわれるこけしが掲載されていますが、表情の強いもので直治以前の古青根の風合に思いを馳せられます。三蔵は古青根の様式を残しているとされますが、小生はいささか疑問に思っています。今後ともコメントをいただけるとさいわいです。  無為庵

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