こけしの話(37) 菅原庄七

 台風一過。初秋となった。夏の間は蜂や百足、ゲジゲジに悩まされ、窓も開けられない。雑草は生い茂り、猫額ほどの庭の草むしりも放棄した。虫や草からは解放されるが、いよいよ枯葉との格闘が初冬まで続く。遠くの山は紅葉に染まり朝日に映えるのだが、風致地区とて伐採もかなわず麓住民のご苦労やいかばかりか。無為庵の裏山など山ともいえないものだが、ひとごととは思えない。



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 秋のこけしに庄七を選んだ。秋保の「秋」の意ではない。こけしの季節感など考えたこともなかったが、ふと、季節にふさわしいこけしは?と思った。夏が過ぎ、寒季を迎える覚悟を示すようなものと考えたときに浮かんだ。初秋よりも晩秋かもしれない。落ち葉に対する怨み節のようにも見えるから不思議だ。



 今はこけし界から退いたI氏旧蔵品。もともとはI氏ご尊父収蔵品とのこと。無為庵駆け出しの頃、I氏は既に著名な収集家だったが、その後、収集品処分にあたり、譲り受けた。I氏ご尊父所蔵品は古い時期のもので、他に盛秀大正期などもあった。この庄七はいつ頃のものか判然としないが、古風な味わいがある。



 底には大きな焼印があり、その余白部にペン書きで佐藤吉雄作とある。無為庵は庄七と思っているのだが、S氏は武治ではという。吉雄とはとても思えないし、いわゆる庄七らしからぬ鋭角的な表情ではあるが、武治といわれても全体にしっくりしない。とりあえず庄七としておく。



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 見所は勢い良く横長にひいた眼点にあるが、下手な写真では眼点がはっきりしない。狭い両瞼に無造作に打たれた眼点が表情をこの上なく強烈なものにしており、庄七としては少々異質な表情となっている。



 顔面の幅が広く、頭部形態も高さに比して幅が広い。正面から鬢飾りが見えぬほどに間隔を取った鬢、その空間に描かれた眉目の長い面相は、細面美人の庄七とは異なる感覚をもつが、豊頬の故かちょっと横向きの鋭い眼差しが微笑みかけているようだ。ずんぐりしたバランスは頭部の形態によるものと思うが、重量感を出している。濃厚な味わいで幼さを毛ほども持たないが、成熟した婦人の強さと包容力を見るようでもある。何とも強いこけしではあるが隠し味のような優しさが辛口のうま味を引き出している。



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 底の焼印をお目にかける。面取り大きく、鋸挽きの上に墨で何やら文字が書いてある。その上に大きな焼印で「境」と刻印がある。墨書は鋸挽きと焼印のゆえに判読困難だが、秋保○○○○作とある。画像では見づらいが、墨書と焼印を避けてペンで佐藤吉雄作と書かれている。



 墨書、焼印、ペン書きの順の作業であろうが、この焼印は珍しいもので、他には小原こけしに同じ焼印を見たことがあるのみ。古い郷土玩具収集家のようだが、ご存知のかたがあればご教示いただけるとさいわいである。



 郷土玩具蒐集からこけしが独立した時期は昭和初期のことで、かれこれ80年が経過したことになる。こけしのみを蒐集の対象とした先達はどのような思いで郷土玩具蒐集から独立させたのであろうか。古いこけしに玩具ではない何かを見出した。「祈り」にも似た世界だったのではないかと無為庵には思われてならない。(6寸)







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