こけしの話(41) 佐藤巳之吉

 通勤途上で見る菊花にも衰えが見えてきた。来年に向けての丹精がまた始まるのだろうか。無為庵裏山の楓も色づき、赤子が掌をひらひらと揺する如く散る。季節の移ろいを肌に感ずることも少なくなったが、赤い葉の裏表に去り行く晩秋を僅かに偲ぶ。豁然とした冬空も捨て難い。



 こけしの世界では、戦前作を古品、戦後作を中古品、工人あるいは業者から初めて客に渡る作品を新品と呼ぶ。本閑話ではときに「古作」という言葉を用いるが、古品のなかでも古いものの意である。近時、ネットオークション等で「古作」が頻繁に登場するが、時代区分を大まかに表す言葉の合意が必要な時期に来ているようだ。今後、本庵閑話では「こけし這子の話」刊行前の昭和二年以前を「古作」と呼ぶこととする。同書発刊の昭和三年をもってこけし収集家登場以後として区切るものである。



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 眉目伸びやかに、蛾眉まろやかに、目潤いて、瞳の光柔らかく、しこうして、奥に強靭な意志を秘める。前髪小さく、理知の輝きを感じさせる額。鼻筋控えめに、つぐんだ口元を挟む豊かな頬。頭でっかちな、美しい少女といったところであろうか。両目の微妙なアンバランスに心の裡の動きを感じる。今の季節感に合うようだ。



  旧蔵者の付しているメモによれば、佐藤巳之吉、32歳の作とのこと。保存状態の良いこけしで、元々は溝口コレクションにあったものが、幾変遷を経て無為庵蔵となった。



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 巳之吉古品は第1期遠刈田時代、第2期遠刈田時代、米沢時代に大別されるが、遠刈田時代でも第1期と2期では別人の感があるほどに変化する。第1期の作例としては、愛玩鼓楽350番、古作図譜131番、らっこコレクション図譜215番などが知られているが現存するものは極めて少数のようだ。三段の重菊、大ぶりの頭部、湾曲著しい眉目などが共通点であるがこの三本の味わいは相当に違っている。



 左図は前記三本の胴絵とやや異なり重菊が濃密に描かれ、また、眉目の湾極度もやや緩い。前髪の描き方は愛玩鼓楽、古作図譜と同様であるが、らっこの前髪は疎にしてやや異なる。



 古作図譜解説では同131番を「筆の伸びが良いし、ねっとりした、重厚な感じのする」「おおらかで古風な」と評し、辞典では愛玩鼓楽350番を掲載し「剛直な気品に富んだ面相で、どちらかといえば辛口」とする。玄人好みの典型のようなこけしだということであろうか?とはいえ、愛玩鼓楽と古作図譜の巳之吉から受ける印象は相当に違っており、この違いをどう表現するか悩ましいところである。



 上図巳之吉は辛口というほどの印象は無いが、既述のとおり、柔らかい瞳の奥にある強さに魅せられる。残念なことに、全体像では濃密な胴絵に気をとられ、表情が埋没してしまうようであり、他の三本ほどの力はでてこないようだ。



(追記)本稿を書きはじめてから一月近く過ぎてしまった。季節感が異なってしまったが、このまま掲載する。晩秋から初冬の季節感でお読みいただければさいわいである。





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