こけしの話(5) 佐藤伝喜

 前回の佐藤正吉には「こまっちゃくれた」との感想をある人からいただいた。感想などブログへの書き込みをいただけると皆様に伝わるのだが。



 鳴子、蔵王、土湯、遠刈田ときたので今回は弥治郎の伝喜をとりあげる。このこけしは最近の入札会での入手である。伝喜は昭和7年に弥治郎を離れ昭和33年に高崎で復活するまでほとんどこけしを作っていない。昭和11年に白布高湯でごく少数作ったそうだがどのようなものか見たことがない。したがって、伝喜の古品は弥治郎時代のものに限定されるといっても過言ではない。古品の数が少ないこととその華麗な作風から戦前の蒐集界においても貴重なものだったようだ。吾八の「これくしょん」でも何回か入札品として紹介されている。



画像
 写真の伝喜は「これくしょん」31号第5図の右端のものである。同図解説によると「「元弥治郎の佐藤伝喜作、入手至難のもの」とあり最低価格7円となっている。このときの最も高い入札最低価格が周助尺5寸の12円、低い最低価格が倉吉、勝郎、木村吉太郎などの1円、この頃の人気の度合いが窺える面白い資料である。



 この入札が実施されたのが昭和14年であり、旧蔵者が同年に入手したことを書き込んだシールを胴底に貼っていた。この記載が「落札」ではなく「入手」の日付であったため、今回の入札会では制作年を昭和14年としてしまったようだ。この記載により安く落札できたのか、伝喜旧作も今では人気がなくなってしまった故に安かったのかは分からない。



 この伝喜と最も近いのは「美しきこけし」79図であり制作年も同時期の昭和初期であろう。昭和33年の伝喜復活初期の作品は弥治郎時代の作品の再現として現在でもかなり評価の高いこけしであるが、やはり現代的な感覚が拭えず何か作為的なものを感じる。時代背景の違いといってしまえばそれまでだが、写真のこけしは派手やかに作っているにもかかわらず作為のにおいがせず素朴な夢見るような表情の中にある種の憂鬱を秘めている。サイズが少々ありすぎると思う方も多いかもしれないが、これで8寸位しかなかったら趣のないものになってしまうであろう。ものにもよるが、こけしにはある程度のボリュームは必須不可欠である。(尺2寸5分)


(2016年10月25日追記)
上の写真は、当初の掲載の写真データが失われてしまったため、アルバムの写真をスキャンしたものである。顔のアップ写真もあったので今回追加する。
画像

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

韋駄天
2011年08月05日 22:38
このこけしは無表情、嬉しいわけでも悲しいわけでもなく欲のない表情です。

この記事へのトラックバック