こけし文献・「木楽」の話

 海軍水道路、巡礼古道、名越切通し、古東海道、長柄桜山古墳、こう並べると何やら判じ物めくが、いずれも無為庵近隣にある古代から近代の「道」である。二千年近い歳月を経てもごく近い場所を通るには何かの必然があると思い、しばしば辿ってみるのだが、古墳の上に立つとオトタチバナヒメとヤマトタケルがこの下の道を走水へ抜けたのだろうか、古東海道跡では頼朝が亀の前を訪ねたのはこの道かなどと妄想ばかり沸き起こる。いずれ整理してお示ししたい。

 かくのごとく、こけしからはすっかり遠ざかってしまったが、たまたま出会ったこけし初心者の方に「木楽」のコピーを贈呈したところ、「とても面白く大いに参考になった」との感想をいただいた。四半世紀も前の仕事ではあるが、当時の思い出なども交えて紹介したい。原本をスキャンしてパソコンに取り込んだが、写真の変色もあり、スキャナーの性能も不十分で、読みづらいかもしれない。ご容赦願いたい。

 1990年の春頃、「つどい」ご主人に「お買い上げいただいたお客さんに渡せる物が欲しいので考えてくれないか」と頼まれた。軽い読み物で毎月発行との仰せだったが、本業も忙しく毎月は無理とお断りした。再度の依頼に、共同執筆で池上明、佐藤宗司両氏の了解を条件にしたが、両氏の快諾もあり、初夏には編集方針、作業分担等々打ち合わせの運びとなった。両氏とはとうび会以来の付き合いで気心のしれていたこともあり、創刊準備のアンケート実施、原稿集約などとんとん拍子に進行した。池上、佐藤両氏と無為庵主人吉田の三人の初の共同作業であった。創刊号に編集方針を示しているが、ちと空回り気味な当時の意気込を懐かしく思い出す。では、1991年1月の創刊号から。

「木楽」創刊号
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「木楽」第2号
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「木楽」第3号
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「木楽」第4号
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今回はここまで。文末記号(き)は吉田、(ら)は池上、(く)は佐藤の執筆を表す。

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