こけしの話(3) 佐久間米吉

 前回反響がないと嘆いたら早速1件書き込みがあった。なにやら嬉しいものである。寸法を記載して欲しい、正面の写真にして欲しいとの要望があった。要望に応えて記事の末尾に括弧で寸法を記入したが、写真はかつて撮ったものをそのまま使用しているのでご容赦願いたい。次回を楽しみにしているとのことだったのでまたまたこけしの話を書くことにする。今回の写真は数年前の年賀状に使用したもので背景が賑やかになっている。


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 今回は趣をかえて土湯の湊屋佐久間米吉復活初期の作品。佐久間浅之助の子のうち由吉、粂松、米吉、七郎、虎吉のこけしが残っているもののいずれも昭和10年代に復活してからのものである。明治30年代には浅之助もその子等も土湯を離れ、長い空白期間を経て由吉兄弟が相次いでこけしを復活した。佐久間兄弟のこけしは、父浅之助のこけしから長らく遠ざかっていたせいか、各人の個性が強く出ていて同じ父からの伝承とは思えないほどである。いずれも人気の高い工人ではあるが個々の作品では相当に出来のむらがあって選ぶにはかなりの眼力が必要になる。なかでも米吉は僅か数年の間のごく初期にエネルギーが枯渇してしまったのか、第一次こけしブームにのって復活したために当時のこけしに同化してしまったのか、生命力の充実を感じさせるものが極めて少ない。コケティッシュに笑う米吉を鹿間氏は絶賛するが媚がみえて品がない。写真のこけしは胴にあった節を除けようとしたのか米吉には珍しく胴を絞り込んである。この絞りが胴に作意のない緊張感をもたらしている。その表情はこのうえなくおおどかで、大人の風を持ち、健康におおらかに微笑んでいる。土湯の退嬰とは無縁の命あふれる表情を胴の絞りがしっかりと受け止めている。偶然にできてしまったこけしであろうが、いつ見ても元気をくれるこけしである。無為庵所蔵品で最後に残った湊屋のこけしである。(6寸)


(2016年10月25日追記)
上の写真は、当初の掲載の写真データが失われてしまったため、アルバムの写真をスキャンしたものである。顔のアップ写真もあったので今回追加する。なお、拙著「撰」にはSHAKAZ氏撮影による味わい深い写真がある。ぜひ鑑賞されたい。
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