こけしの話(14) 佐藤周助

 掲載の彦三郎にある方からご感想をいただいた。「顔が濃すぎ」との評でなるほど面白い見方だなと感心させられた。その方は、「まだ初心者の域を出ないから皆様がご覧になるところにはコメントが書けません」と個人的にメールをくださったがここにご紹介する。見方に初心者もベテランもないし、ベテランが必ずしも優れた鑑賞眼を持っているわけでもない。いい、わるい、素朴な、緊張感、張り、グルーミーなど、こけしを鑑賞する視点を表す言葉はいかにも語彙が少なく、微妙なニュアンスが伝わらない。この語彙の拡大のためにも、それぞれのご感想をいただければさわいである。



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 上記の方へは次回は「品のいいこけしを掲載します」と返事をしたが、無為庵蔵品には「品のいい」こけしがほとんどないことに気がついた。ある種の情念を秘めたこけしばかり選んでいるので、拙蔵品にはどうしても「品のいい」ものが集まらない。何を取り上げようかと悩んだが、ヤフオクに周助3寸が出ているのを見て、「品のいい」こけしは次の機会とし、今回は思い出のこけしである周助3寸を掲載することにした。



 無為庵が3寸のこけしを集め始めてから何年になるだろうか。昭和55年には3寸のみの展示をしているので、もう30年近い歳月が過ぎたのかもしれない。駆け出しの頃は新たに入手したこけしでガイドブックの工人名簿にチェックをつけるのが楽しみだった。何年かが過ぎ、こけしを格納する場所に困るようになりこけしの好みもはっきりしてきた頃、1本あればいいようなこけしは3寸に統一することにした。このとき、何故に3寸に決めたのか。当時の所蔵品に比較的3寸が多かったのか、一般的に作られるこけしでの所要スペースの最小化を考えたのか、縮小サイズの限界と思ったのかまるで覚えていない。当初は3寸が入ると要らなくなったこけしを手放していたが、その後、3寸を入手できなくても不用品を整理するようになり、この頃から3寸の収集が自己目的化してしまった。大寸の気に入ったこけしを持っているにもかかわらず、3寸を見ると所有欲が出てしまい、いまだに、これが断ち切れない。500工人の3寸収集を目標に「無為庵三楽」を発行し、持っていない3寸が売りに出るように企図したものである。



 周助には比較的縁があり一時は大小3本を持っていた時期がある。それでも、こと3寸となると縁がなかった。かつて2度チャンスがあったのだが、一度目は入札で敗れ、二度目の鼓堂3寸のときには入札に参加する余力さえもなかった。底値50万が限りなく遠かったもので、指を咥えて見送るしかなかったあのとき、もう周助3寸には縁がないのだと観念したのを思い出す。その後、何がきっかけかは忘れたが、友人にこの話をすると、その友人が「周助3寸なら持っているよ。お前の周助2寸と交換してもいいよ」というではないか。友人は周助の1寸、3寸、6寸を持っているとのことで、今後は2寸を集中的に集めたいとのことだった。早速、自宅に招き拙蔵の2寸と掲載の周助3寸を交換した。これがなんと目標の500人目の工人であったからその時の嬉しさは忘れられない。拙蔵大寸こけしには入手までにそれぞれの思い出(というより執念、奇縁といったほうがあたっている)があるが、3寸での思い出はこの周助と広瀬重雄のみである。



 さて、この周助(画像クリックで拡大)であるが、目に悲壮な情念を宿している。植木昭夫氏は「こけしの世界」において周助をして「心の内側の修羅が木偶の姿を借りて現前したような凄み」と評しており、歌人でもある氏の審美眼と表現力に敬意を表したい。「世界」の周助明治型は、大寸ゆえか或いは木地の形ゆえか、口元がほのかに微笑んでおり、悲壮なまでの情念に別の味わいを付加して「心の修羅」を包み込み実に魅惑的なこけしとなっている。ところが、掲載の周助は口元に微笑が見られず、もし、このこけしの鼻と口そして胴の菊花が両眼の中央から真直ぐ下にきちんと描かれていたとしたら、このこけしはとても息苦しいものになってしまうに違いない。単なる手癖か、意図したものかは分からないが、鼻、口、そして菊花が左側に巻くように描かれたことで、このこけしは息苦しさから開放されている。周助とは大した工人であると改めて感じさせられる。



 ちなみに、無為庵3寸コレクションは500を超えてもまだ継続しており、いつになったら卒業できるのか、収集とは業のようなものであるらしい。(3寸)





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