帰宅難民の話

 去る3月11日東北から関東にかつてない巨大地震が襲来した。多くの人命が失われ、原発事故もあって、幾多の方々が困難な生活に直面している。家族、親族、友人、知人を失い避難生活を余儀なくされる心情や如何ばかりか想像に絶する。お見舞いの言葉も無い。一日も早い安寧を切に祈念する。  地震発生時、無為庵は大田区内の勤務先でかつて体験したことのな…
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近況と言い訳の話

 あけましておめでとうございます  皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます  昨年は無為庵にとっては良い年ではなかった。白内障手術は予定のことだったが、その後の光視症、飛蚊症は予想外で視力も定まらない。さらに蓄膿症が再発し通院続きでやっと鼻も落ち着いた矢先に、今度は12月3日の竜巻被害を受けてしまった。屋根修理も必要だが、…
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こけしの話(46) 高橋褜吉

 6月に白内障の手術をした。一週間の入院で両眼の手術だったが、存外あっけなく終わった。手術中、強烈な光の中に青が見え、赤くなり、オレンジの光などSFのような光を見ていた。術後、眼帯を外したときの明るさは予想以上の驚きだった。いままでどれほど暗い世界を見ていたことか。近眼も従前の3分の1程度になり、物が一回り大きく見える。池の鯉も急に成長…
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こけしの話(45) 高橋勘治一家

 鶯の喧しいほどの鳴声も落ち着いてきて、裏山の梅の実も少しずつ大きくなってきた。屋根に落ち、コン、コロコロと音を立て、収穫時期を知らせると、本格的に虫の出る季節を迎える。どこから侵入するのか、ゲジゲジを2匹退治した。虫にとってはとんでもない災難であろうが、どうにも許容できる相手ではない。自然との共生などといいながら、何とも身勝手なことだ…
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こけしの話(44) 小林吉太郎

 この4月から勤務先が変わり、気分も一新したが、出勤が早くなり、生活リズムが狂ってしまった。朝の電車がすいており、少々喜ばしくはあるが、冬場を考えると寒気がする。少し落ち着いてきたので、連休に記事の更新を思い立ったが、4月の天候不順から一転してのぽかぽか日和に、二日間をうかうかと過ごしてしまった。  小林吉太郎、愛玩鼓楽564番の…
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こけしの話(43) 菅原庄七 第二話

 三月は例年のことながら忙しい毎日を過ごしており、無為庵閑話の更新も怠けていた。今回の庄七はこけしの話(37)の庄七と同一のものなのでタイトルを菅原庄七第二話とした。 前回の庄七の項で眼点の打ち方に触れたが、無為庵の写真ではどうにもならなかった。友人に実物をみせて上手く撮れないと嘆いたところ、「やってみましょう」と引き受けてくれた…
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愛犬の話

 1月31日昼過ぎに愛犬が逝ってしまった。キャバリアの雄で17歳だった。年が明けてからは苦しそうにしていたが、娘の膝の上で安らかに永眠した。6歳の孫は「たらちゃんありがとう」と紙に書いて供えていたが、2歳の孫は「たらちゃんねんね?」と不思議そうな顔をするばかり。かつて2頭のキャバリアを飼っていたが、一頭もいなくなってしまうと一抹の…
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こけしの話(42) 佐藤文六

あけましておめでとうございます  皆様のご多幸をお祈り申し上げます  無為庵閑話を始めて以来、年頭のご挨拶も5回目となった。今後どれほど続けられるか心もとないが、160名ほどの方がリピーターとしてご覧いただいているので、とりあえず、来年のご挨拶までを目標としたい。ご感想などいただけると励みにもなるのでよろしくお願い申…
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こけしの話(41) 佐藤巳之吉

 通勤途上で見る菊花にも衰えが見えてきた。来年に向けての丹精がまた始まるのだろうか。無為庵裏山の楓も色づき、赤子が掌をひらひらと揺する如く散る。季節の移ろいを肌に感ずることも少なくなったが、赤い葉の裏表に去り行く晩秋を僅かに偲ぶ。豁然とした冬空も捨て難い。  こけしの世界では、戦前作を古品、戦後作を中古品、工人あるいは業者から初め…
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こけしの話(40) 山本与右衛門

 通勤途上に見事な菊花を見るのが楽しみになった。通りから丹精こめた鉢を眺められる。黄の大輪が立ち並び、点在する小菊は床しくも可憐なものだ。この一時期のためにどれほどの愛情を注いで育てたことか。横着者の無為庵には遠い世界だが、道行く人にもおすそ分けの気持ちが嬉しい。  左図は最近入手した山本与右衛門。米浪旧蔵品。以下無為庵手と呼ぶ…
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こけしの話(39) 鎌田文市

 無為庵の愛犬に腫瘍が見つかった。老齢で開腹手術は困難とのこと。人間で言えば百歳前後らしい。食も細り寝てばかりいるが、孫は会うことを楽しみにしている。孫を楽しませて一日でも長く穏やかな余生を過ごさせたいと切に願うのみ。  無為庵も最近では濃厚な味に多少の圧迫を感じるようになってきた。強く魂を揺さぶるこけしの魅力とは対極にあるような…
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こけしの話(38) 新山栄五郎

 年とともに涙もろくなった。孫の話をするだけで涙が滲む。2年前、4歳だった孫に妹が生まれてから、母を独占できなくなった悲哀と妹に対する愛惜の葛藤のうちに成長する苦しみが我ことのように思える。ただただ健全に成長するよう祈るばかり。すべての幼子にエールを送る。  健気な孫を思い起こさせるこけし、新山栄五郎を採りあげる。  栄五郎…
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こけしの話(37) 菅原庄七

 台風一過。初秋となった。夏の間は蜂や百足、ゲジゲジに悩まされ、窓も開けられない。雑草は生い茂り、猫額ほどの庭の草むしりも放棄した。虫や草からは解放されるが、いよいよ枯葉との格闘が初冬まで続く。遠くの山は紅葉に染まり朝日に映えるのだが、風致地区とて伐採もかなわず麓住民のご苦労やいかばかりか。無為庵の裏山など山ともいえないものだが、ひとご…
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こけしの話(36) 蔵王古作

 夏に孫が6歳になった。何を思ったかこけしを欲しいという。小さなたちこ10本ほど並べたところ、初めはままごとのように遊んでいた。すぐに飽きてしまい転がして喜んでいたが、そのうちお絵描きを始め、上手にこけしの顔を描いた。帰りに数本を持たせたが結局は何かを叩くときの道具になったようだ。これをしもおもちゃというならおもちゃには違いないが、玩具…
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こけしの話(35) 飯坂古作

 最近、裏山の草木を根もとから刈り取った。土肌が露出し、何とも潤いのない風景となった。梅雨に風情のガクアジサイも来年は見られそうにない。夏の間に飯坂の人と縁が生じたので、飯坂古作を採りあげることとした。  大正期の作品。木地に多少の古色がつき色も落ち着いている。最近では保存状態重視の傾向があまりにも強くなりすぎており、いかがなも…
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こけしの話(34) 佐藤三蔵

 今年も梅雨の季節となった。出勤時に紫陽花を眺め帰宅途上の叢に明滅する蛍のひとつふたつを見つけることが楽しみだったが、いずれも時季を過ぎたようだ。来年まで見られないかと思うと少々淋しい気がする。  記事の更新を思い立ち、鎌文で前回の続きをと探し始めたが最初に手に取ったこけしが佐藤三蔵だった。眺めているうちにこの瞳の力を紹介したくな…
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こけしの話(33) 鎌田文市

 繁忙期も一段落でやっと一息つけるようになったが、疲れが抜けない。10年前ならば疲れていてもこけし棚の戸を開けて呆然と眺めていれば気力を絞り出せたのが嘘のようだ。連休の気分転換に閑話を更新する。  今回は蒲田文市「こけしの美」掲載品を採りあげる。鹿間旧蔵品。なんと姿の良いことか。鎌文の形は直胴から極端なロープアパ…
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柿右衛門の話

 前回、陶磁器を集めている友人が古伊万里の赤と評したと紹介したが、無為庵所蔵柿右衛門を思い出した。その友人から頂戴したものである。  少々ピンボケだが、縁に大きな欠けが2箇所、ごく小さい欠けが1箇所、割れもあり、補修して接いである。茶の縁取りに沿って、緑の葉と赤い花を散らしている、元禄頃のもので柿右衛門とのこと。色絵は少ないらし…
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こけしの話(32) 長谷川清一

 とうとう3月になってしまった。春うきうきと草木まで息吹の季節なのだが、今後の繁忙を思うと無為庵にとっては少々憂鬱な季節だ。百年に一度?といわれる不景気風が吹き荒れる昨今を思えば不謹慎かもしれない。  前回、鳴子大会で呼称統一が図られたのかと書いたところ、蝶々氏から丁寧なご教示をいただいた。深謝。同じスタンプが他のブログで紹介され…
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こけしの話(31) 岡崎斉

 つい最近背中の印が珍しいこけしを入手した。印のゆえに購入したのだが、単なる資料とするには忍びないのでタイトルは変えないこととした。ともあれ、シールの、印の、署名のとこけし鑑賞には全く無意味なものに血道をあげることの愚は心得ている積もりだ。   岡崎斉昭和15年作。制作年代を特定できるのは背中のスタンプの日付である。本閑話冒頭の「…
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