テーマ:こけし

こけしの話(50) 高橋兵治郎

 東日本大震災忘れじの記として「およねこけし」のしおりを紹介してから僅かひと月ほどで熊本大地震が起きてしまった。いかに地震国とて立て続けの大地震に言葉を失う。熊本、大分ではすでに千を超す有感地震で、そのご苦難やいかばかりか想像を絶する。余震の早期収束と平穏を衷心より祈念する。  このような時節に呑気なことは不謹慎かもしれないが、平…
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こけしの話(49) 石山三四郎

 前回の更新から1年以上経過してしまった。転居等の雑事が重なったが、最近ようやく落ち着いてきた。この間に、「具合でも悪いのですか」とご心配くださる方もあったと聞く。感謝申し上げるとともに無音をお詫びする。  前住居近くには寺院、旧跡が多く、リュックに水筒、カメラ片手の年配者が多く訪れる地だった。家は奥まった場所で、この方々と接する…
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こけしの話(48) 高橋武蔵

 先日、孫が無為庵の扁額を指差し、「これなあに?」と問いかけてきた。「おじいちゃんの雅号だよ」と答えたが、小学2年生の子に雅号などといっても理解できるものではなく、どう説明するかほとほと困惑した。発想力の貧弱と語彙の貧困を今更ながらに痛感させられた。  別の工人名を挙げる人もいるが、向かって左目が下がり、眉と瞼の湾曲は古い時代の…
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こけしの話(45) 高橋勘治一家

 鶯の喧しいほどの鳴声も落ち着いてきて、裏山の梅の実も少しずつ大きくなってきた。屋根に落ち、コン、コロコロと音を立て、収穫時期を知らせると、本格的に虫の出る季節を迎える。どこから侵入するのか、ゲジゲジを2匹退治した。虫にとってはとんでもない災難であろうが、どうにも許容できる相手ではない。自然との共生などといいながら、何とも身勝手なことだ…
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こけしの話(44) 小林吉太郎

 この4月から勤務先が変わり、気分も一新したが、出勤が早くなり、生活リズムが狂ってしまった。朝の電車がすいており、少々喜ばしくはあるが、冬場を考えると寒気がする。少し落ち着いてきたので、連休に記事の更新を思い立ったが、4月の天候不順から一転してのぽかぽか日和に、二日間をうかうかと過ごしてしまった。  小林吉太郎、愛玩鼓楽564番の…
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こけしの話(43) 菅原庄七 第二話

 三月は例年のことながら忙しい毎日を過ごしており、無為庵閑話の更新も怠けていた。今回の庄七はこけしの話(37)の庄七と同一のものなのでタイトルを菅原庄七第二話とした。 前回の庄七の項で眼点の打ち方に触れたが、無為庵の写真ではどうにもならなかった。友人に実物をみせて上手く撮れないと嘆いたところ、「やってみましょう」と引き受けてくれた…
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こけしの話(42) 佐藤文六

あけましておめでとうございます  皆様のご多幸をお祈り申し上げます  無為庵閑話を始めて以来、年頭のご挨拶も5回目となった。今後どれほど続けられるか心もとないが、160名ほどの方がリピーターとしてご覧いただいているので、とりあえず、来年のご挨拶までを目標としたい。ご感想などいただけると励みにもなるのでよろしくお願い申…
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こけしの話(41) 佐藤巳之吉

 通勤途上で見る菊花にも衰えが見えてきた。来年に向けての丹精がまた始まるのだろうか。無為庵裏山の楓も色づき、赤子が掌をひらひらと揺する如く散る。季節の移ろいを肌に感ずることも少なくなったが、赤い葉の裏表に去り行く晩秋を僅かに偲ぶ。豁然とした冬空も捨て難い。  こけしの世界では、戦前作を古品、戦後作を中古品、工人あるいは業者から初め…
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こけしの話(40) 山本与右衛門

 通勤途上に見事な菊花を見るのが楽しみになった。通りから丹精こめた鉢を眺められる。黄の大輪が立ち並び、点在する小菊は床しくも可憐なものだ。この一時期のためにどれほどの愛情を注いで育てたことか。横着者の無為庵には遠い世界だが、道行く人にもおすそ分けの気持ちが嬉しい。  左図は最近入手した山本与右衛門。米浪旧蔵品。以下無為庵手と呼ぶ…
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こけしの話(39) 鎌田文市

 無為庵の愛犬に腫瘍が見つかった。老齢で開腹手術は困難とのこと。人間で言えば百歳前後らしい。食も細り寝てばかりいるが、孫は会うことを楽しみにしている。孫を楽しませて一日でも長く穏やかな余生を過ごさせたいと切に願うのみ。  無為庵も最近では濃厚な味に多少の圧迫を感じるようになってきた。強く魂を揺さぶるこけしの魅力とは対極にあるような…
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こけしの話(38) 新山栄五郎

 年とともに涙もろくなった。孫の話をするだけで涙が滲む。2年前、4歳だった孫に妹が生まれてから、母を独占できなくなった悲哀と妹に対する愛惜の葛藤のうちに成長する苦しみが我ことのように思える。ただただ健全に成長するよう祈るばかり。すべての幼子にエールを送る。  健気な孫を思い起こさせるこけし、新山栄五郎を採りあげる。  栄五郎…
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こけしの話(37) 菅原庄七

 台風一過。初秋となった。夏の間は蜂や百足、ゲジゲジに悩まされ、窓も開けられない。雑草は生い茂り、猫額ほどの庭の草むしりも放棄した。虫や草からは解放されるが、いよいよ枯葉との格闘が初冬まで続く。遠くの山は紅葉に染まり朝日に映えるのだが、風致地区とて伐採もかなわず麓住民のご苦労やいかばかりか。無為庵の裏山など山ともいえないものだが、ひとご…
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こけしの話(36) 蔵王古作

 夏に孫が6歳になった。何を思ったかこけしを欲しいという。小さなたちこ10本ほど並べたところ、初めはままごとのように遊んでいた。すぐに飽きてしまい転がして喜んでいたが、そのうちお絵描きを始め、上手にこけしの顔を描いた。帰りに数本を持たせたが結局は何かを叩くときの道具になったようだ。これをしもおもちゃというならおもちゃには違いないが、玩具…
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こけしの話(35) 飯坂古作

 最近、裏山の草木を根もとから刈り取った。土肌が露出し、何とも潤いのない風景となった。梅雨に風情のガクアジサイも来年は見られそうにない。夏の間に飯坂の人と縁が生じたので、飯坂古作を採りあげることとした。  大正期の作品。木地に多少の古色がつき色も落ち着いている。最近では保存状態重視の傾向があまりにも強くなりすぎており、いかがなも…
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こけしの話(34) 佐藤三蔵

 今年も梅雨の季節となった。出勤時に紫陽花を眺め帰宅途上の叢に明滅する蛍のひとつふたつを見つけることが楽しみだったが、いずれも時季を過ぎたようだ。来年まで見られないかと思うと少々淋しい気がする。  記事の更新を思い立ち、鎌文で前回の続きをと探し始めたが最初に手に取ったこけしが佐藤三蔵だった。眺めているうちにこの瞳の力を紹介したくな…
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こけしの話(33) 鎌田文市

 繁忙期も一段落でやっと一息つけるようになったが、疲れが抜けない。10年前ならば疲れていてもこけし棚の戸を開けて呆然と眺めていれば気力を絞り出せたのが嘘のようだ。連休の気分転換に閑話を更新する。  今回は蒲田文市「こけしの美」掲載品を採りあげる。鹿間旧蔵品。なんと姿の良いことか。鎌文の形は直胴から極端なロープアパ…
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こけしの話(32) 長谷川清一

 とうとう3月になってしまった。春うきうきと草木まで息吹の季節なのだが、今後の繁忙を思うと無為庵にとっては少々憂鬱な季節だ。百年に一度?といわれる不景気風が吹き荒れる昨今を思えば不謹慎かもしれない。  前回、鳴子大会で呼称統一が図られたのかと書いたところ、蝶々氏から丁寧なご教示をいただいた。深謝。同じスタンプが他のブログで紹介され…
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こけしの話(31) 岡崎斉

 つい最近背中の印が珍しいこけしを入手した。印のゆえに購入したのだが、単なる資料とするには忍びないのでタイトルは変えないこととした。ともあれ、シールの、印の、署名のとこけし鑑賞には全く無意味なものに血道をあげることの愚は心得ている積もりだ。   岡崎斉昭和15年作。制作年代を特定できるのは背中のスタンプの日付である。本閑話冒頭の「…
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こけしの話(30) 佐藤正吉

 裏山の梅の花が満開になり、少し春めいてきた。繁忙期前に更新しようと思ったのだが、同じタイトルも30回となると過去の掲載品を思い出せない。内容が分かるタイトルにしておけばよかったと悔やまれる。前回紹介したshakaz氏のホームページは内容を徐々に充実してきておりたまに覗くのが楽しみだが、ひと様の更新は待つだけでなんとも気楽なものだ。 …
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こけしの話(29) 佐藤丑蔵

 あけましておめでとうございます  年頭にあたり皆様のご多幸をお祈り申し上げます    元旦に近くのお寺に参拝した。森閑とした境内で5歳の孫と二人で手を合わせたが、寒気の気合か厳粛な空気のなかで孫の無事と健やかな成長を祈念した。  昨年は景気変動著しく悲観論一色の昨今だが、こけし界の不景気風は…
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こけしの話(28) 高橋精助

 すっかり秋めいてきた。裏山の楓、欅の落葉が鬱陶しくなるのも間近である。紅葉は遠くで眺めるもの。麓では落葉との苦闘で風流どころではない。  今回は高橋精助。嘉三郎の弟ではあるが兄とは全く作風が異なる。植木氏は「眉あげて女人扮する帝王に似る」と詠んだが、うまく表現するものと感心させられる。この評に何を付け加えても蛇足のような気もする…
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こけしの話(27) 菊地孝太郎

 写真が上手く撮れない。味わいを伝えるには程遠く、ブレの防止すらままならない。菊地孝太郎をヤフーで見たのを機に撮影してみたがやはり上手くいかない。何回目かでやっと使えそうになったのでお目にかける次第。  孝太郎は晩年作の影響か人気がない。戦前作が意外に少ないにもかかわらず古品もまた評価されることはないようだ。「日本郷土玩具 東の…
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こけしの話(26) 盛秀太郎

 毎日の猛暑にうんざりしている。先日、気晴らしに民芸「おもと」を訪ねたところ、居合わせたお客さんから盛秀のこけしが何故人気があるのか、棟方志功が日本一と絶賛したからかと問われた。変遷著しい盛秀のどの時期のものを指すのか定かでないが、戦後の長い睫毛に代表されるものを想定していると判断し、形態、描画において他のこけしとは異なる際立った特徴が…
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こけしの話(25) 温海

 今日は今冬一番の寒さと思われる。近所の寺に咲く梅も八分咲でほのかに漂う香を味わってきた。寒ければこその風流かもしれない。無為庵の庭の梅はまだ開かない。  三寸の紹介も少々飽きたので趣向を変える。左図は阿部常吉、世界358番現物で系譜50図、昭和40年4月こけし研究ノート2図にも掲載されている。同ノートでは常松とされたも…
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こけしの話(24) 斉藤松治

あけましておめでとうございます。  皆様のご健康を祈念申し上げます。  昨年は喪中で年頭の祝詞を述べられなかったが今年はご挨拶できて嬉しく思う。昨年は法事の席で何回も親族に会うこととなってしまった。健康第一に穏やかに一年をすごせればと願うばかりである。  今年の賀状は昨年末のあわただしさで写真の準備が間に合わず、あり…
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こけしの話(23) 鎌田文市

 公私共に多忙な時期の後にすっかり体調を崩してしまった。この間、仙台で展示会があったり、都内某店で古いものの販売などがあったようだが、無縁に終わってしまった。無為庵のこけし蒐集熱も少々薄らいできたようだ。こけしの話もいつまで続けられか心もとないが気が向いたときにでも更新しようと思う。ご感想などいただけるとさいわいである。 今回は…
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こけしの話(22) 佐藤菊治

 最近のヤフーオークションで何々図録同手として数本のこけしが出品されていた。「同手」という場合、同時期の同様の作品をさすものと思っていたのだが、少々異なるもので無為庵所蔵品が同手の対象にされたので、実物を掲載することとした。  写真は同手の対象とされた佐藤菊治で、久松旧蔵、「こけしの世界」247番の現物である。同図録では正末昭初…
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こけしの話(21) 蔦作蔵

 先日、僅かばかりの無為庵所蔵品を若い友人に披露する機会があった。鑑識眼の確かな人で楽しくも濃密なひと時を過ごしたが、後片付けをしながら数えてみると20点足らずのものでしかなかった。じっくりと鑑賞するにはこの程度の数が限界のようだ。いろいろ啓発される言葉もいただいた。そのひとつに「色情報が多いとこけしの持つ本質が見えてこない」という言葉…
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こけしの話(20) 山尾武治

 忙しい時期となる前に更新すべくブログを開いてみると、アクセスがいつのまにか6000を超えていた。アクセス地域をみると大阪で同日同時間帯に多くの人がみているようだ。どのような経緯なのか興味がなくはない。  今回は無為庵愛蔵のこけし山尾武治をお目にかける。土湯から数度の移転を経て無為庵に落ち着いたのは平成2年2月のことであるが、以…
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こけしの話(19) 佐藤丑蔵

 最近、ある人から「こけし馬鹿」と評された。その方とは30年来のおつき合いで、無為庵の駆け出しの頃から今に至るまで変わらぬご交誼をいただいている。古来「馬鹿につける薬は無い」といわれるが、無為庵の馬鹿振りも最近は金欠病には勝てずやや沈静してしまった。いつになったら馬鹿に戻れるのか心もとないかぎりであるが、「こけし命」でも「こけし狂」でも…
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