無為庵閑話U

アクセスカウンタ

zoom RSS こけしの話(27) 菊地孝太郎

<<   作成日時 : 2008/10/13 11:52   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

 写真が上手く撮れない。味わいを伝えるには程遠く、ブレの防止すらままならない。菊地孝太郎をヤフーで見たのを機に撮影してみたがやはり上手くいかない。何回目かでやっと使えそうになったのでお目にかける次第。



画像
 孝太郎は晩年作の影響か人気がない。戦前作が意外に少ないにもかかわらず古品もまた評価されることはないようだ。「日本郷土玩具 東の部」では孝太郎を「駄級」、菊治を「蕪雑」と評している。時代は下って「こけし辞典」においても「甘い作風であるが、直治伝承の格調は全くみられない」とする。左図は「愛玩鼓楽」395番の現物。解説では昭和5年頃の作とするが、「日本郷土玩具」での紹介時期を製作年と推定したようだ。胴は大ぶりの三段重菊に紫ロクロで北岡の規格にあわせ納品したものかもしれない。菊の数が多くなるとちまちまするが、この胴絵はおおらかで好感がもてる。大ぶりの頭部を受けるにはこの程度の大胆さが必要なようだ。





画像
 裏絵が描かれるが表とは一変し線描きのような花になっている。点状のような紫と赤で描かれる花は統一感がなく、なんとも寂しい裏絵である。遠刈田の重菊は絵の苦手な職人でも描けるように多くの試行錯誤のうえに成立したもののようであり、どの工人が描いてもそれなりにさまになるようなデザインであるが、裏絵の菖蒲になると工人によっての差異が大きくデザイン化にまでは至らなかったと思われる。売れ行きの違いは胴絵にこそあれ、裏絵は見せるものではないからかもしれない。





画像

 頭部では鬢を両側に離し広い空間をとり、大きな瞳の湾曲著しい両眼を顔面中央に配している。鼻と口は小さく、上目遣いの眼の印象が強烈に残る。幼さを残した若い娘さんの泣きたいような潤んだ眼差しにも、何かを訴えようとする強い意志を示すようにも、穏やかに相手を認めるようにもみえる。粘りつくような視線は見る側の感情が投影されるようだ。後年の眉目の湾曲には辟易とさせられるがこのこけしでは一向に苦にならない。一時期の中断後、ユーモラスとも評されるものに変化してしまうが昔の感覚を忘れてしまったのであろうか。



 図録の写真ではさして気にも留めていなかったが、縁あって所蔵することとなった。見るたびに微笑みかけてくるこのこけしを「無為庵さん、このこけしを持ってみませんか」と見せてくれた相良氏に感謝する。(8寸3分)





テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんな孝太郎もあったか!と「目から鱗」です。私は「大人から理不尽な叱られ方をして、自分の正しさを懸命に訴えようとしている小学校低学年位の女の子」という想定をしてしまいました。
蝶々
URL
2008/10/26 12:54
蝶々さま
理不尽に対する抵抗の視線、訴える術を知らない必死の思いと理解すればよろしいでしょうか。そっと後押ししてやりたいような思いが伝わります。温かい見方で感じ入ります。 無為庵
無為庵
URL
2008/10/27 22:55

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
こけしの話(27) 菊地孝太郎 無為庵閑話U/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる